2014年08月06日

社会の病巣

 ついに自殺者まで出てしまいましたstap事件。再生医療の第一人者で世界に誇る学者がこんな形になってしまったことはとても残念に思う一人です。

これは論文不正問題や、科学者のあり方といった枠を超えて、今の日本に根深く蔓延している病巣を見た気がします。


 ある学校で成績の良い学生の答案に疑義が生じ、

「カンニングをしたのではないか」と疑われ、ライバルの学生は敏感に反応し

「そんなカンニングをする奴は人間のクズだ」

「神聖な試験を何と心得ているのか」とここぞとばかりにバッシングの嵐。

「これは学校の恥になる」

「そんなカンニングする奴の親の顔が見たい!」

「過去にも遡って答案を検証する必要がある」

担任の先生はそれを見逃した責任は重いと、校長はじめ教育委員会やら父兄からもう攻撃。しかし当の本人は

「やったつもりはありません」と言ったところで、

「こんな答案の書き方はやったに決まっている」と不正があったことを前提にどんどん話大きくなってついにその学生は孤立してしまう・・・・


 今回のstap事件、どこなく似ているようにも思えてなりません。

そもそも、カンニングは悪いに決まっているのです。それを大上段に振りかざして、相手に申し開きなど出来ないようにして、自分は安全圏内から石を投げつけるのです。憎たらしいからちょっといじめてやれ的な発想からでしょうか。

 


 人は誰かに嫉妬したり腹が立ったりするとき、そういう自分を見破られないため

「こういうのを見逃したら真面目にやってる人が可愛そうだ」

と「もっともらしい当たり前の正論」をぶちまけます。そして自分は正しいことを言ってる、と自己肯定します。

 

 今回stapに関して、学会や大学の教授、マスコミは一斉に「科学の信頼を貶めた」として正論という石を投げつけました。中には魔女狩りでもするような勢いの学者もいます。

 

投げた1個の石はたとえ小さくてもそれが何千何万となれば、巨大な武器になって相手の命をも奪うことになってしまうことを我々は一歩下がって考えなくてはいけないのではないでしょうか。


 「そんなもの不正をしたのだから自業自得だ」という論理があるかもしれません。しかし実際にやったことは論文のミス、データ管理の杜撰さ、実験のミス。それを看過した上司。こんなことでいちいちもう攻撃され命を落としていたら命がいくつあっても足りませんし、我々全員死ななければなりません。

それにこのstapとは比べ物にならないほどのデータ改ざん問題(アルツハイマー)が日本で起こっているのになぜそちらに関心を寄せないかです。


 それにしても何か「目新しくとっつきやすい風」が吹くたびに、日本中が一斉にそちらを向いてしまうのは、隣人と同じ情報を持っていないと取り残され村八分にされるという、農耕民族特有の性(さが)なのでしょうか。


「どの観点に立って批判をすればいいのか」

「より大きな視点、あるいは別の視点で見たら自分の意見は正しいのか」と考えることは生きていく上でとても大切なことで、むしろこういう教育こそ学校教育に割いてほしいものです。


By Ryuわーい(嬉しい顔)



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2014年08月01日

料理の小ネタ・・・・豆腐の水切り

豆腐の水を切るには、写真のようにパックの上下2箇所に包丁で切れ目を入れ、豆腐を縦置きにします。


縦にすることで、豆腐の自重が「おもし」となって素早く水を切ってくれます。(絹ごし豆腐より木綿豆腐が効果的)



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By Ryuわーい(嬉しい顔)




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2014年07月29日

さて、夏

夏野菜が美味しい季節となりました。


先日、畑でとれたトウモロコシ・・・・


普通は煮るか焼くかして食べますが、採れたてなのでそのまま「まるかじり、生食」


・・・ハートたち(複数ハート)


「なんてみずみずしくておいしいの?」


野菜特有の甘みが口に広がり、夏の感動の一コマです。


ついでによく冷えたビールがあればもっと最高!


By Ryuわーい(嬉しい顔)



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2014年07月20日

ポジティブ or ネガティブ ?

私は、だいたい物事をそう深刻に考えるタイプではないので、どちらかと言えばポジティブ派


その言葉いいですね。いろいろカバーされてます。

もっとよく考えて行動せぃ!ってのもたまに言われますが、そこのところは

ポジティブという言葉に隠れました。まあそれはさておき。


相変わらずヘルパーとして週数回お年寄りと関わらせていただいてます。

ポジティブなお年寄り多いですよ。


86歳のおばあちゃん

「わたし100才まで生きるの」が口ぐせで週1回ヨガ(ディサービスですが)に通うのを楽しみにされ好きなものを好きな時に好きなだけ食べて毎日楽しいそうです。 


92歳のおじいちゃん

 活動的で週1回は電車で都心部に出かけて講演会的なイベントに参加されてます。

 さすがに杖の使用を検討されてましたが、「いかにも年寄りくさくなるから」と止めたそうです。駅の階段も自力歩行だそうです。


83歳のおばあちゃん

 抗がん剤治療を放棄されて自宅療養されてます。考えがほんと前向きで気持ちはとってもお元気(体はそうでもないのですが。。。)いつも元気をもらってます。先日転倒し骨折されたのですが、リハビリにはげんでおられます。


87歳のおばあちゃん

 老犬と2人暮らしされてます。とっても賢い犬(本人いわく)でお互いに助け合って生活しているのでこの犬の寿命が尽きるまでは死ねないと朝晩の散歩を欠かさず続け、毎日犬と笑いあってるそうです。


などなど、人生の先輩の方々すごいです(拍手)

ちょっとぐらいなんかあっても落ち込んでネガティブなんて言葉に甘えてなんかいられません。

どうせ生きるならポジティブがいいかなと思っている今日この頃です。


By takakoバー



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2014年04月23日

ほめる

 最近の報道番組を見ていると、やたら「批判すること」に傾倒している気がしています。

 誰かがちょっとした間違いでも起こそうものなら、ニュース番組ではその道の専門家が出てきて問題点を指摘し、それを聞いた大衆は同じようにまたブログやツイッターで罵倒します。人道に外れたことや倫理観に欠けることをした人間が責められるのは仕方がないにしても、物の本質というかあるべき姿が見えないまま「批判のための批判」をしているようにも思えます。


 会議の場でも、何か新しい取り組みをやろうとする時、どうすればそれが実現できるかよりも先に問題点が指摘され途中で行き詰まってしまうケースはよくあります。

新しいことの試みは問題点もたくさんあるのでそれら指摘されたことをクリアーしてこそ新しいことをやる価値が出るのですが、議論の展開が「できること」よりも「できないこと」の上に立って意見をいう人が多いのも事実です。

「ネガティブのルーチン」に陥っていることもたくさんあります。


批判する人のタイプにはいくつかあって、

@本当に道理がわかっていて見通す力がある人がする批判。

A「何か言わなきゃ」的に対象物の欠点を無理やり見つけ出して批判する人。

B問題点を指摘することによって「自分は分かっている」立場を周りに印象付けて存在感をアピールする人。

C賛同することは負けや追随を意味すると考えて、とにかく批判することに価値を見出している人。

などなど


@のタイプとABCのタイプは明らかに違っていて、その違いはどうしたら生まれるのだろうかと考えたことがあります。

@のタイプは、自分で考えて行動できる人でリーダータイプでしょう。

でもごく少数です。

ほとんどの人がABCに属します。

人の意見を待っていてそれに反応する依存するタイプの人が多いようです。

これは職業に関係なくどこの世界にでも起こっている現象ではないかと思います。

頭がいいと言われる医師や学者、弁護士などの会議でもABCのタイプに人は必ず存在します。


@のタイプは必要ですが、ABCのタイプもまた必要です。

ただバランス的に社会全体に後者のタイプが増加しているのも事実ではないかと思います。


これの背景にはやはり小さい時からの競争や教育が大きく関わっている気がしています。評価は減点主義で、100点から悪いところを差し引いて評価をする仕組みなので、どうしても相手の悪いところに目が行ってしまいそれが日常でも当たり前になってしまっています。


子どもは悪いところを指摘される環境に育つと、大きくなっても同じように相手の悪いところを指摘するよう自然となってしまいます。


批判することの反対は賞賛すること。

相手を「ほめる」・・・なかなかできないことですが、やはり人が生きがいを感じ、活動的な幸福感を得られるのは他人からそれなりの評価を得られた時ではないかと思います。

またそれが社会に活力を与えていくのではないでしょうか。


そこで、これはひとつの案ですが、

学校教育でも、「評価」の時間を設け生徒が出した作品などに「直すところ3割 ほめるところ7割」くらいの基準を作って毎回友達同士で評価し合ったら、きっと相手を思いやる習慣も自然と出てくるようにワタシなんかは思うのですが・・・・・

どんなもんなんでしょう。


By Ryu

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2014年04月10日

常識の危険

 昔読んだ小説で、ある時ネズミが異常発生をして津波のような大群が街を襲います。交通網が遮断され、ネズミを媒介として疫病が蔓延し次々と死者がでます。生物学や生態学を研究している学者の英知を集結し対策を練ります。政府は戒厳令を敷いてネズミの大群に化学兵器をもって撃退しようとしますが全く効果がなく、日本が大パニックに陥る話があります。

「ネズミの生命力」や「大群になった時のネズミの集団心理の怖さ」は学者の常識をはるかに超えていました。

そういう非常事態に対向する手段は、「常識」ではなく「常識を超えた想像力」である・・・と作者が言っていたのを昨日の小保方さんの記者会見を見て思い出しました。


 会見内容を見て、養護する人、反論する人、様々な意見が出るのは当然のこととしても、科学を専攻している学者の大半は「研究者としてあるまじき行為」と、批判をしているのが印象的でした。特に女性科学者は辛辣です。どうしてそんなに叩くのでしょうか・・・・


 実験ノートが少ないことが問題になっています。某国立大の教授は「2冊なんて考えられない、科学を冒涜している」とまで言い切っています。それを受けてかどうかわかりませんが記者がその質問をすると「45冊はあります」という小保方氏の回答でした。

それを聞いていて「?」・・・なんか本質からずれているような気がしました。

じゃ〜実験ノートが何冊あったらその教授は納得したのでしょうか。そういう問題じゃないと思うのです。


 確かに論文に不備はあったでしょう。しかし・・・

そもそもこれだけの世界をあっと言わせる研究は理研にとって一大プロジェクトのはずです。これが成功するかしないかによって今後の国からの予算が大きく変わります。世界をリードすることもできます。

理事長以下上席の人達と何度も会議をもって「これでいこう」となったと思います。それだけ肝いりのプロジェクト、世間から突っ込まれたからといって一研究員が捏造したということで責任を押し付けるのはそれこそ社会的に無責任ではないかと思います。逆を言えばそんな軽いプロジェクトだったのか・・・とうことになります。


 200回以上成功した・・・は、意味がありそうです。

回数はどうであれ、その言葉の裏に彼女の自負が見えました。私にしかstap細胞は作れない、そう簡単に詳細なコツは教えられない・・・・その自負は作った本人にしか理解できないかも知れません。研究成果は自分が産んだ子どもと同じくらい大切なもの。いかに世間が騒ごうとも、学者から批判されようとも「最後の砦=作り方のコツ」は公開するわけにはいかないのです。仮に今、疑念を持たれている段階でそんなことしたら、名誉回復はできたとしても研究者として自分が死んでしまうの分ってるからです。

とにかく今は石にかじりついてでも次のステップに繋がる研究成果を自分で出したい・・・他の研究者よりももう一歩先をリードしておく必要がある。それからでもコツを公開しても遅くない・・・・そんな意地とのプライドが会見でチラホラ見えました。

「私を解雇したらもうstap細胞は作れません・・・報告書を改め私を今まで通り雇いますか?それとも私一人のせいにして切りますか?切ったら損失は大きいです」と無言ではありますが、理研に決断を迫ると同時に恩義を売ったのです。200回という数字は相手にパンチを与えるに十分な数です。

ただそんなシナリオは彼女一人が考えたものではないということは言えそうですが・・・・。だからあのように歯切れが悪いのだとワタシは思いました。


世間では今回の件についてはすべて「常識」という枠の中で批判や批評が飛び交っています。研究者はこうあるべきだ・・・・論文とはこう書くのだ・・・コピペなんてありえない・・・


そういう常識で判断をしていくと「ネズミの大群」ではないけど、今回の問題の本質はなかなか見えてこないような気がしています。



By Ryuわーい(嬉しい顔)

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2014年04月02日

お父さんの簡単料理・・唐揚げ

鶏の唐揚げ・・・今まで数えきれないくらい作りました。失敗もたくさんしています。


でも、ポイントはただ一つ。揚げ時間です。


味つけは醤油味、塩コショウ味、カレー味、中華味・・・・何でもかまいません

ころもも、小麦粉、片栗粉、天ぷら粉、卵白(メレンゲ状態)、卵黄、など下味に合わせてミックスさせて変えていきます。


今回はお父さんにも作れるしょうゆ味で説明します。


@ 下味・・・しょう油、酒少々、生姜汁、ニンニクすりおろし

A 鶏もも肉を@のつけ汁に20分程度つけ込みます。


B 片栗粉+小麦粉(4:1くらいの割合。天ぷら粉でも構いません)をまぶし余分な粉ははたいて落とします。


C 180度の油で揚げます。


揚げ時間の目安として、レシピ本などを見ると、5分とか4分とか書いていますが、あれはあてにしないほうがいいでしょう。


美味しくするには、鶏肉を180度の油に入れて、しばらくしたら音が「パチパチ音」に変わります。

この時、油が飛んで菜ばしを持っている手がチクチクと針でさすような感じなります(笑)


パチパチ音になってから、45秒〜1分が目安です


バチバチ音が鳴っていてもすばやくバットに取り、あとは余熱で火を通します。


美味しさの基本は揚げすぎず、余熱を利用することです。


二度揚げする方法もありますが、最初、低音(160170度)、しばらく空気に触れさせて、二度目高温(190度)でやりますが、温度管理と揚げるタイミングを誤ると、空気に触れさせている間に肉汁が出てしまったり、揚げすぎになったりしますのである程度「慣れ」がいります。


なので、最初から180度で音を聞いて1度揚げの方が確実で簡単です。


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By Ryuわーい(嬉しい顔)

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2014年03月30日

三日坊主はやめられる?

その1

最近太ってきた、「よーし!甘いモノは食べない、炭水化物も減らして」・・・・

月に1冊は話題になっている本を読もう・・・・、

運動のため自転車はなるべく使わず歩こう・・・・

今年は何か資格をとってスキルアップしよう、あす早速本屋さんに行って・・・


しかしどれもこれも続きません。おそらく10人中9人は途中で挫折するでしょう。一週間続けばいいほうで、早い人なら二日後には気持ちが変わっています。


その2

私をふった彼氏・・・・許せない!スリムになって見返してやる!!

こんな時は執念ともいうべきくらいの意思力が働いて、ガマンをガマンとも思わず毎日せっせとダイエット。

おかげで半年後には-○△kg ・・・見たか! なんて話はよくあります。


三日坊主で終わるものと、続けられるもの、このふたつの違い・・・・


その1)では、「○○しなければならない、自分はこうあるべきだ、」という理想の設定があって、一方で「サボっても大勢にあまり影響ない」という甘えの気持ちが存在します。この全く方向が違う2つの思いがぶつかり合って最終的に甘えに勝つと「意志が強い」と一般的にみなされます。またそうすることが人間としての美徳であるという風にも言われます。

しかし・・・・ニーチェは、これを美徳とはよばず、分裂の状態(気持ちと行為が違うこと)では誰しも首尾一貫した行為はできないと言っています。


それに対して(その2)は「見返してやる」という目標を達成することによって「今の私を見て!後悔してるでしょ!」という優越感が得られます。これは快楽です。快楽は抑えられませんから、(その1)のような「○○しなければならない、でも多少サボっても・・」という相反する2つの意思はなく、「見返す=快楽」という単一の意思しか存在しません。いわゆる夢中になっている状態です。

見返したい気持ちが強ければ強いほど、得られる優越感や快楽は大きいので、こういう状態ならダイエットはスムーズに進みおそらく誰でも続けられるでしょう。


つまり自分はなぜそれをやろうとしているのかという理由付けをどう設定するかによって、三日坊主で終わるか続けられるかが決まるといえます。


そう考えたら、「建前やかしこまった理想ではなく、もっと自分の奥底にある素直な欲望」を掲げたほうが続くといえるのではないでしょうか。


同じ課の美人の○○さんから「素敵ですね!」と言ってほしいからテニスをはじめる・・・

資格をとって、みんなから羨ましがられ、社内でも一目置かれる存在になるのを想像するとワクワクする。だから毎日勉強する・・・


これでいいのではないでしょうか。


By Ryuわーい(嬉しい顔)

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2014年03月27日

お父さんの簡単料理

久々の料理ブログです


お酒のアテにピッタリの大根ステーキです。ワサビとの相性バッチリです。


大根ステーキのレシピはネット上でも豊富にありますので「今更ながら・・・」なのですが、料理をやったことのないお父さんでも簡単に作れますので紹介しておきます。


daikon_R.JPG


@大根を輪切りにしてさらに半分に切ります。


A鍋に水、昆布、煮干を入れ大根を柔らかくなるまで煮ます。


Bフライパンにサラダ油、バターを溶かしAの大根を入れ少し炒め、最後にポン酢を入れからめます。香りが出てきたら火を止め出来上がりです。


Cかつお節、ワサビを添えていただきます。


バターの代わりにマーガリンを使っても美味しくいただけます。

ポン酢を使うとまろやかな味になりますが、定番のしょう油でも構いません。

ワサビにマヨネーズを混ぜても美味しいです。


By Ryuわーい(嬉しい顔)

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2014年03月25日

姿勢・・プラスとマイナス

  前回書いたSTAP騒動・・・、理研の記者会見以後なんとなく変な方向に来て、細胞そのものの存在より、不倫だの嫉妬だのと関係者のプライベートなことにまで面白おかしくネタにされてしまっているのをみると、「世の中何でもありか」と報道のあり方を改めて思います。

  不倫であろうが、ips細胞への嫉妬心であろうが、そんなことはどうでもいいことなのです。研究の動機や裏側がどうであれ、われわれは成果だけを見て評価すればいいだけと思います。偉人伝記に出てくる野口英世も借金を踏み倒し放蕩を繰り返した異端児でしたが、それに反比例するかのように研究に対する執着心とバイタリティーは他の研究者を圧倒する並外れたものがありました。人間誰しもプラスの要素があればマイナスも必ずあります。

  それにしても小保方さん、持ち上げられたと思ったらいきなり落とされました。わずか1ヶ月の短期間でこれほど天国と地獄を味わった人も少ないでしょう。

  少し前、そのSTAP細胞が大きく新聞記事に載っていたその横に、タンパク質のイオン化でノーベル化学賞をとった田中耕一氏のことが小さく記事に出ていました。一滴の血液からすべての病気が解明できることを目標に日々研究をしていることが書かれていました。その中で、「研究成果が出た時は5合目くらいにたどり着いたと実感した。しかし研究を進めるにつれて、自分が今何合目にいるのか。まして目指しているところは富士山なのかエベレストなのか、それすらもわからない」という日々の苦悩が綴られていました。

  様々な疑惑を引きずりながら世間を騒がせているSTAP細胞と、一方で謙虚にそして真摯に研究に打ち込む一研究者とはあまりにも対照的な印象を受けました。

  どちらの研究姿勢がいいか・・・などという評価は、あまり意味はないと思っています。なぜなら、そこにあるのは科学的真実の究明ということが「全て」だからです。
マイナス要因をバネにしてプラスに転じる研究者もたくさんいます。

  姿勢の良し悪しは他人がとやかく言うものではなく、その人にあったやり方でいいのではないでしょうか。その姿勢が研究成果にいい形で返ってくるのか悪い形で返って来るのか・・・最後は自分の責任なのですから。

By Ryuわーい(嬉しい顔)


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