2014年08月15日

成績を上げるには・・・

受験生をお持ちのご家庭やこれからお子さんが受験の方々・・・・少しでもいい学校に行ってほしいと思うのが親心。

でも当の本人は、毎日一生懸命塾に通って勉強しているのにイマイチ成績が伸びない・・・・よく耳にする話しです。


そんな時の塾のアドバイスは、

予習型から復習型にきりかえてみましょう・・・とか、どこでつまずいているのか原因を突き止めましょう・・・・とか、テストの弱点を集中的に反復練習しましょう・・・・とか、まあ間違いではないだけに「ごもっともです」という返事しかできません。


しかし・・・・実際のところ、それをやったとしても、平均60点が64点くらいに上がるかもしれませんが、80点に飛躍することはまずないでしょう。(言い切りましたね手(パー)


成績が伸びない原因はたった一つ

「基礎学力が足りない」これに尽きると思います。

病気と同じで、体力や免疫力がない状態でいくら薬を投与してもなかなか治らないのと同じ。


では基礎学力とは何か・・・・

一般的には「読み書き計算」です。しかし中学生、高校生になると今習っている難解な方程式や英文法にどうしても頭が行ってしまい「そんなもの小学生じゃないか」とバカにしたり疎かにしたりする傾向にあります。

でも、それこそが落とし穴。

「読み」は、文章を正確に読み解き、趣旨は何かを見抜く能力。「書き」は自分が伝えたいことを自分の言葉で的確にわかりやすく文章にまとめる能力(作文)。

「計算」は抽象的な物を論理的に考え導いていく能力。


それって大人でも苦手な人たくさんいるのではないでしょうか。そう、ワタシもその一人なのです。


国語の問題はもとより、数学の問題を解くにしても、この問題のポイントはどこかを読み解いて、論理の積み重ねをして答えを導いていく作業ですから、これはまさに「作文」といえます。

試験はインプット(覚えたこと)を試すと同時にアウトプット(論理の積み重ね)も試されています。

アウトプットの訓練は作文が一番てっとり早いのです。


ワタシは小学校の時から作文や読書感想文は苦手でした。でも社会に出てあるとき

「やっぱり国語能力がすべての基礎」って気がついたんです。

特に作文は、あらゆる知識を総動員しなければなりませんし、きちんとした組み立てが要ります。

会議での議事録をまとめる。聴衆の前でしゃべる(原稿をつくらねばなりません)。報告書を書く。人と折衝する。すべて作文。


いやぁ、こんなことがもっと小学校の時にわかっていれば・・・・なんて後悔してもはじまりませんね。


そんなんで、今成績が伸び悩んでいる人・・・きっと作文が苦手な人多いんじゃないでしょうか。


でも今からでも遅くないと思います。

テレビドラマでも、映画でも、その日に会った出来事、なんでもいいから一度自分の言葉で文章にしてみることです。そしてそれを親や先生に見てもらい批評してもらうことです。批評にこそ意味があります。それを1年位続けたら飛躍的に成績は上がっていると思います。


作文はすべての基礎。


何を隠そう、こうして長文のブログを書いているワタシこそ、作文の練習をしているのです。

・・・ハイ手(チョキ)


By Ryuわーい(嬉しい顔)



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2014年08月14日

地下が見れる・・・・

Google earthを使って大阪市内のビルを上空から探していて、ストリートヴューしようと道路をダブルクリックしたらいきなり地下へ


・・・??


地下鉄御堂筋線の本町駅



なら、梅田の地下街も見られるのかな?  

試しに東梅田駅の近くの道路を何度かダブルクリックしたら

・・・・出てきました。


2014-08-14 15.19.30_R.jpg

                                   東梅田地下街



ウォークスルーはちょっと限界がありそうですが、画面右上のB1B2のアイコンで地下が選択できます。


google earthで面白いのをもうひとつ。

例えばアーケードのある商店街などは、大通り側入り口からのウォークスルーは難しいのですが、上空からアーケードの屋根に近づきダブルクリックするとアーケード内の商店街の景色が見られます。

(ただ時々、ダブルクリックしていきなり居酒屋とかラーメン屋さんの店内に入ることがあります。ちょっとびっくり)


でも地下は便利そうで、もっと広げてほしいものです。



By Ryuわーい(嬉しい顔)








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2014年08月13日

料理の小ネタ・・・ハンバーグをおいしく焼く

ハンバーグの美味しさは、焼き方で決まります。


ポイントは

@ 熱したフライパンに具材を入れて焼きますが、必ずフタをする。

(具材の中心は指でへこませておいてくださいね)

A 一度入れた具材は片面が焼けるまでさわらない。(崩れます)

B フタを開け表面の肉の色が変わっていたらひっくり返します。

   (箸ではなく大きめのフライ返しで)

C 再びフタをして焼きます。


それから何度もひっくり返さないこと。ひっくり返している間に表面の膜が破れて肉汁が全部出てしまいます。



さて、中まで火が通っているかどうかの目安ですが、よくレシピ本には竹串をさして肉汁が出てきたら焼けてます・・・とか書いていますが、それをやると竹串を刺した穴から肉汁が出てしまいもったいないですね。


中まで火が通っているかどうかは、表面のツヤで判断します。

ほどよく火が通ってくると表面に照りが出てきます。・・・これがサイン。手(チョキ)


表面が乾いてる感じならまだ焼けてないので再びフタをして焼きます。


表面に照りがで出てきたら、再びフタをして火をを止め、余熱で1〜2分蒸らします。


これで完成です。


2014-08-012_R.jpg

表面の照りに注意して (肉汁があふれる直前)



フライパンについた油(肉汁)でソースを一気に作るので、洗わないようにね。


(美味しい簡単ソースにつづく)



By Ryuわーい(嬉しい顔)

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2014年08月10日

未来は・・・ケ・セラ・セラ

100年前のドイツ人が描いた100年後の世界。個人で自由に空を飛べる時代が来るという、機械の発達を願ったイラスト。


5b622279_R.jpg


 

でも現代は機械もさることながら、インターネットが普及し情報化社会が来るなどということを誰も予想出来ませんでした。


下の絵は未来の都市。建物は超高層になり、環境とエネルギー源重視のサスティナブル(持続可能)社会を示唆しています。

(それにしてもどうしてみな超高層なのでしょうか。平屋建ての農村風景があってもいいようなものですが・・・)


environmentally_friendly_cities_vyotj_R.jpg

                      ecofriendより抜粋



しかし、100年前に現代が予想できなかったように、今から100年後の未来も、今思い描いているイメージとは全く次元の違う社会が展開されるかもしれません。


未来を考える・・・といっても、考えるソースは「既成の事実」というフィルターを通してでしか物が観られませんから、「こうありたい、こうあってほしい」という願望の絵は描けても、実際に到来する未来予想図を描くことは誰にもできないでしょう


それと同じことが他の分野でも言えなくはないでしょうか。

10年後にはこんな音楽が流行している・・・

20年後にはこんな新しい絵画が出ている・・・

創造的な・・・特に芸術や文学は全く予想がつきません。

1年後の経済予測さえもほとんど外れます。



そう考えたら、この先10年後はこうなると言われているから、今から○○をやっておこう・・・・と、まじめに難しく考えず、「ケ・セラ・セラ」

なるようにしかならない。

意外とそっちの方がうまくいくのかも知れません。



By Ryuわーい(嬉しい顔)


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2014年08月06日

社会の病巣

 ついに自殺者まで出てしまいましたstap事件。再生医療の第一人者で世界に誇る学者がこんな形になってしまったことはとても残念に思う一人です。

これは論文不正問題や、科学者のあり方といった枠を超えて、今の日本に根深く蔓延している病巣を見た気がします。


 ある学校で成績の良い学生の答案に疑義が生じ、

「カンニングをしたのではないか」と疑われ、ライバルの学生は敏感に反応し

「そんなカンニングをする奴は人間のクズだ」

「神聖な試験を何と心得ているのか」とここぞとばかりにバッシングの嵐。

「これは学校の恥になる」

「そんなカンニングする奴の親の顔が見たい!」

「過去にも遡って答案を検証する必要がある」

担任の先生はそれを見逃した責任は重いと、校長はじめ教育委員会やら父兄からもう攻撃。しかし当の本人は

「やったつもりはありません」と言ったところで、

「こんな答案の書き方はやったに決まっている」と不正があったことを前提にどんどん話大きくなってついにその学生は孤立してしまう・・・・


 今回のstap事件、どこなく似ているようにも思えてなりません。

そもそも、カンニングは悪いに決まっているのです。それを大上段に振りかざして、相手に申し開きなど出来ないようにして、自分は安全圏内から石を投げつけるのです。憎たらしいからちょっといじめてやれ的な発想からでしょうか。

 


 人は誰かに嫉妬したり腹が立ったりするとき、そういう自分を見破られないため

「こういうのを見逃したら真面目にやってる人が可愛そうだ」

と「もっともらしい当たり前の正論」をぶちまけます。そして自分は正しいことを言ってる、と自己肯定します。

 

 今回stapに関して、学会や大学の教授、マスコミは一斉に「科学の信頼を貶めた」として正論という石を投げつけました。中には魔女狩りでもするような勢いの学者もいます。

 

投げた1個の石はたとえ小さくてもそれが何千何万となれば、巨大な武器になって相手の命をも奪うことになってしまうことを我々は一歩下がって考えなくてはいけないのではないでしょうか。


 「そんなもの不正をしたのだから自業自得だ」という論理があるかもしれません。しかし実際にやったことは論文のミス、データ管理の杜撰さ、実験のミス。それを看過した上司。こんなことでいちいちもう攻撃され命を落としていたら命がいくつあっても足りませんし、我々全員死ななければなりません。

それにこのstapとは比べ物にならないほどのデータ改ざん問題(アルツハイマー)が日本で起こっているのになぜそちらに関心を寄せないかです。


 それにしても何か「目新しくとっつきやすい風」が吹くたびに、日本中が一斉にそちらを向いてしまうのは、隣人と同じ情報を持っていないと取り残され村八分にされるという、農耕民族特有の性(さが)なのでしょうか。


「どの観点に立って批判をすればいいのか」

「より大きな視点、あるいは別の視点で見たら自分の意見は正しいのか」と考えることは生きていく上でとても大切なことで、むしろこういう教育こそ学校教育に割いてほしいものです。


By Ryuわーい(嬉しい顔)

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2014年08月01日

料理の小ネタ・・・・豆腐の水切り

豆腐の水を切るには、写真のようにパックの上下2箇所に包丁で切れ目を入れ、豆腐を縦置きにします。


縦にすることで、豆腐の自重が「おもし」となって素早く水を切ってくれます。(絹ごし豆腐より木綿豆腐が効果的)



tofu_R-001.jpg



By Ryuわーい(嬉しい顔)




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2014年07月29日

さて、夏

夏野菜が美味しい季節となりました。


先日、畑でとれたトウモロコシ・・・・


普通は煮るか焼くかして食べますが、採れたてなのでそのまま「まるかじり、生食」


・・・ハートたち(複数ハート)


「なんてみずみずしくておいしいの?」


野菜特有の甘みが口に広がり、夏の感動の一コマです。


ついでによく冷えたビールがあればもっと最高!


By Ryuわーい(嬉しい顔)



2014-07-030_R.jpg 





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2014年07月20日

ポジティブ or ネガティブ ?

私は、だいたい物事をそう深刻に考えるタイプではないので、どちらかと言えばポジティブ派


その言葉いいですね。いろいろカバーされてます。

もっとよく考えて行動せぃ!ってのもたまに言われますが、そこのところは

ポジティブという言葉に隠れました。まあそれはさておき。


相変わらずヘルパーとして週数回お年寄りと関わらせていただいてます。

ポジティブなお年寄り多いですよ。


86歳のおばあちゃん

「わたし100才まで生きるの」が口ぐせで週1回ヨガ(ディサービスですが)に通うのを楽しみにされ好きなものを好きな時に好きなだけ食べて毎日楽しいそうです。 


92歳のおじいちゃん

 活動的で週1回は電車で都心部に出かけて講演会的なイベントに参加されてます。

 さすがに杖の使用を検討されてましたが、「いかにも年寄りくさくなるから」と止めたそうです。駅の階段も自力歩行だそうです。


83歳のおばあちゃん

 抗がん剤治療を放棄されて自宅療養されてます。考えがほんと前向きで気持ちはとってもお元気(体はそうでもないのですが。。。)いつも元気をもらってます。先日転倒し骨折されたのですが、リハビリにはげんでおられます。


87歳のおばあちゃん

 老犬と2人暮らしされてます。とっても賢い犬(本人いわく)でお互いに助け合って生活しているのでこの犬の寿命が尽きるまでは死ねないと朝晩の散歩を欠かさず続け、毎日犬と笑いあってるそうです。


などなど、人生の先輩の方々すごいです(拍手)

ちょっとぐらいなんかあっても落ち込んでネガティブなんて言葉に甘えてなんかいられません。

どうせ生きるならポジティブがいいかなと思っている今日この頃です。


By takakoバー



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2014年04月23日

ほめる

 最近の報道番組を見ていると、やたら「批判すること」に傾倒している気がしています。

 誰かがちょっとした間違いでも起こそうものなら、ニュース番組ではその道の専門家が出てきて問題点を指摘し、それを聞いた大衆は同じようにまたブログやツイッターで罵倒します。人道に外れたことや倫理観に欠けることをした人間が責められるのは仕方がないにしても、物の本質というかあるべき姿が見えないまま「批判のための批判」をしているようにも思えます。


 会議の場でも、何か新しい取り組みをやろうとする時、どうすればそれが実現できるかよりも先に問題点が指摘され途中で行き詰まってしまうケースはよくあります。

新しいことの試みは問題点もたくさんあるのでそれら指摘されたことをクリアーしてこそ新しいことをやる価値が出るのですが、議論の展開が「できること」よりも「できないこと」の上に立って意見をいう人が多いのも事実です。

「ネガティブのルーチン」に陥っていることもたくさんあります。


批判する人のタイプにはいくつかあって、

@本当に道理がわかっていて見通す力がある人がする批判。

A「何か言わなきゃ」的に対象物の欠点を無理やり見つけ出して批判する人。

B問題点を指摘することによって「自分は分かっている」立場を周りに印象付けて存在感をアピールする人。

C賛同することは負けや追随を意味すると考えて、とにかく批判することに価値を見出している人。

などなど


@のタイプとABCのタイプは明らかに違っていて、その違いはどうしたら生まれるのだろうかと考えたことがあります。

@のタイプは、自分で考えて行動できる人でリーダータイプでしょう。

でもごく少数です。

ほとんどの人がABCに属します。

人の意見を待っていてそれに反応する依存するタイプの人が多いようです。

これは職業に関係なくどこの世界にでも起こっている現象ではないかと思います。

頭がいいと言われる医師や学者、弁護士などの会議でもABCのタイプに人は必ず存在します。


@のタイプは必要ですが、ABCのタイプもまた必要です。

ただバランス的に社会全体に後者のタイプが増加しているのも事実ではないかと思います。


これの背景にはやはり小さい時からの競争や教育が大きく関わっている気がしています。評価は減点主義で、100点から悪いところを差し引いて評価をする仕組みなので、どうしても相手の悪いところに目が行ってしまいそれが日常でも当たり前になってしまっています。


子どもは悪いところを指摘される環境に育つと、大きくなっても同じように相手の悪いところを指摘するよう自然となってしまいます。


批判することの反対は賞賛すること。

相手を「ほめる」・・・なかなかできないことですが、やはり人が生きがいを感じ、活動的な幸福感を得られるのは他人からそれなりの評価を得られた時ではないかと思います。

またそれが社会に活力を与えていくのではないでしょうか。


そこで、これはひとつの案ですが、

学校教育でも、「評価」の時間を設け生徒が出した作品などに「直すところ3割 ほめるところ7割」くらいの基準を作って毎回友達同士で評価し合ったら、きっと相手を思いやる習慣も自然と出てくるようにワタシなんかは思うのですが・・・・・

どんなもんなんでしょう。


By Ryu

posted by ばばちゃん at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

常識の危険

 昔読んだ小説で、ある時ネズミが異常発生をして津波のような大群が街を襲います。交通網が遮断され、ネズミを媒介として疫病が蔓延し次々と死者がでます。生物学や生態学を研究している学者の英知を集結し対策を練ります。政府は戒厳令を敷いてネズミの大群に化学兵器をもって撃退しようとしますが全く効果がなく、日本が大パニックに陥る話があります。

「ネズミの生命力」や「大群になった時のネズミの集団心理の怖さ」は学者の常識をはるかに超えていました。

そういう非常事態に対向する手段は、「常識」ではなく「常識を超えた想像力」である・・・と作者が言っていたのを昨日の小保方さんの記者会見を見て思い出しました。


 会見内容を見て、養護する人、反論する人、様々な意見が出るのは当然のこととしても、科学を専攻している学者の大半は「研究者としてあるまじき行為」と、批判をしているのが印象的でした。特に女性科学者は辛辣です。どうしてそんなに叩くのでしょうか・・・・


 実験ノートが少ないことが問題になっています。某国立大の教授は「2冊なんて考えられない、科学を冒涜している」とまで言い切っています。それを受けてかどうかわかりませんが記者がその質問をすると「45冊はあります」という小保方氏の回答でした。

それを聞いていて「?」・・・なんか本質からずれているような気がしました。

じゃ〜実験ノートが何冊あったらその教授は納得したのでしょうか。そういう問題じゃないと思うのです。


 確かに論文に不備はあったでしょう。しかし・・・

そもそもこれだけの世界をあっと言わせる研究は理研にとって一大プロジェクトのはずです。これが成功するかしないかによって今後の国からの予算が大きく変わります。世界をリードすることもできます。

理事長以下上席の人達と何度も会議をもって「これでいこう」となったと思います。それだけ肝いりのプロジェクト、世間から突っ込まれたからといって一研究員が捏造したということで責任を押し付けるのはそれこそ社会的に無責任ではないかと思います。逆を言えばそんな軽いプロジェクトだったのか・・・とうことになります。


 200回以上成功した・・・は、意味がありそうです。

回数はどうであれ、その言葉の裏に彼女の自負が見えました。私にしかstap細胞は作れない、そう簡単に詳細なコツは教えられない・・・・その自負は作った本人にしか理解できないかも知れません。研究成果は自分が産んだ子どもと同じくらい大切なもの。いかに世間が騒ごうとも、学者から批判されようとも「最後の砦=作り方のコツ」は公開するわけにはいかないのです。仮に今、疑念を持たれている段階でそんなことしたら、名誉回復はできたとしても研究者として自分が死んでしまうの分ってるからです。

とにかく今は石にかじりついてでも次のステップに繋がる研究成果を自分で出したい・・・他の研究者よりももう一歩先をリードしておく必要がある。それからでもコツを公開しても遅くない・・・・そんな意地とのプライドが会見でチラホラ見えました。

「私を解雇したらもうstap細胞は作れません・・・報告書を改め私を今まで通り雇いますか?それとも私一人のせいにして切りますか?切ったら損失は大きいです」と無言ではありますが、理研に決断を迫ると同時に恩義を売ったのです。200回という数字は相手にパンチを与えるに十分な数です。

ただそんなシナリオは彼女一人が考えたものではないということは言えそうですが・・・・。だからあのように歯切れが悪いのだとワタシは思いました。


世間では今回の件についてはすべて「常識」という枠の中で批判や批評が飛び交っています。研究者はこうあるべきだ・・・・論文とはこう書くのだ・・・コピペなんてありえない・・・


そういう常識で判断をしていくと「ネズミの大群」ではないけど、今回の問題の本質はなかなか見えてこないような気がしています。



By Ryuわーい(嬉しい顔)

posted by ばばちゃん at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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