仕事柄、相手先の家庭を見る機会は多いのですが、
料理は楽しいですか?と主婦の方々に質問をしてみますと意外と
「しんどい」・・・・「めんどうだ」・・・・と答える方が結構いらっしゃいます。
その理由の多くは
「献立を考えるのがおっくう」というのが目立ちます。
ワタシも料理は好きな方ですが、毎日やっていると楽しさが苦痛に変わるときがあります。
冷蔵庫を開けて
「さて、今日は何を作ろうか・・」・・・と思案しても浮かんでこない献立。
「めんどくさいなあ・・・」となるのですが、そこは気を取り直して
「野菜を多めにして、これとこれで○○でもつくろか」と3品くらい頭に浮かんできて、ようやくエンジンスタート・・・
ただそのハードルを越えるのにエネルギーが要るのです。
もちろんエンジンを動かすガソリンはワタシの場合 一杯のビールから
・・・です。
でもここで考えてみると、・・・献立を考えるエネルギーは、「食べてもらう相手」に向かっている場合が多いようです。
それは子供であったり、相方であったり、あるいは招いている客人や友人であったり・・・
「喜んでくれたらうれしい」からだと思います。
ですからワタシが一人暮らしなら、献立など考えないのではないか?と思ったりします。
事実、多くの主婦が「自分ひとりなら適当に食べる・・・」というデータも出ています。
私もそのうちの一人なのです。
「ひとりなら適当に食べる」・・・これは裏を返せば
「相手がいるから作る、つまり誰かのためにやってる」
という風にプラス思考で捉えることができます。
でも中には、自分ひとりでも「料理はきちんと作る」・・・というポリシーを持っておられる方もいらっしゃいますから「相手のため」に毎日の献立が成り立つというわけではありませんが、誰かのために何かをしたい・・という気持ちはとても大事だということでしょうか。
そう考えますと、ご主人や子供の健康を考えて奥さんが一生懸命考えて作った料理。
酔っ払って帰ってきて「今日はメシいらん」などと平気で言う日々に甘えていますと、定年済んだ頃に捨てられる可能性は日ごとに増していきそうです。
こういう話題になるとひと昔は
「男は外に出ると7人の敵がいる」などと「外で仕事をすることがいかに大変か」という妄想を振りかざしていたようですが、「大変さ」を強調するあまり「何の為に仕事をしているか」・・という根底を置き去りにしているようにもみえます。
「ご主人や子供のため」に家事を。「世の中のために会社で一生懸命」。
誰かのため・・・根本は同じはずなのですが、どちらが重要か、どちらが責任重いか・・・などと、優劣をつける事が好きな人、結構多いのもまた事実です。
「料理は苦手だ。一人ならしない」・・・は、「誰かのためならする」の鏡言葉になっていると考えたら、料理苦手な自分と向き合って「めんどうやなあ〜」と思いながら料理を作るより、「相手のため」と割り切れば気分も楽になり美味しい料理も出来るのではないでしょうか。
ご主人、たまには奥さんの作った料理を褒めましょう。
「めんどうだ」は、だんだんいいことのように思えてきそうです。
本日も献立がんばってください。
By Ryu![]()
家庭料理に感謝できない人は自分で作ってみたらいいのになぁと思います。そしたらその大変さも喜びも解るのになぁ〜。家族が自分の作った料理を美味しそうに食べるのを見るのは最高の喜びです。
それにしても馬場さんとこの「うちのごはん」凄いですね。よくあれだけいろんなレシピがあるもんだとホンマ感心してます。
ちなみに僕の今週末の料理は目玉焼き、野菜炒め、インスタントラーメン父さんスペシャルの3品でした。