2008年08月08日

この時期に想う

 毎年8月になると、広島と長崎に続き終戦記念日がニュースや新聞で取り上げられます。

 
 ワタシは戦争を知っている世代ではありませんから、こういったブログに自分の思いを公表するのはおこがましいのですが、それでもこの時期になると何かその当時(実際には経験していませんから、想像の範囲で)を考えてしまいます。

 

 アインシュタインが導き出した相対性理論はそれまで続いていた科学の分野を塗り替えてしまうほど新しい概念でした。


 高校の物理で習った有名な公式 
E(エネルギー)=mc
2(二乗)・・・mは質量、cは光速

 
 エネルギーと質量の等価性・・・と言うらしいのですが・・・むつかしいです。

単純なこの公式は、さまざまな意味を含んでいて、今日の科学技術を支えている基本でもあります。


 車や携帯で使われているGPSなどは光の性質(光の速さはどんなときも一定である)を利用したものです。

 
 でもこれを悪い方向に利用したのが原子爆弾で、広島と長崎に黒い雨を降らせた張本人でもあります。


 科学の進歩は、社会が豊かになると同時に、どこかでマイナス面を作り出しています。

 
 難しいことはわかりませんが、核分裂を起こすときにとてつもないエネルギーが出るらしいのです。
実際広島に投下された原爆ではわずか1kgのウランの核分裂だったらしいのです。

 

何かで読んだことがあるのですが、広島上空600mで炸裂した原子爆弾の爆風(衝撃波)は音速を超えていたといいます。台風の瞬間風速どころではありません。一瞬で街を吹き飛ばす破壊力です。

 こんな恐ろしいもの誰が考えたんだろうと思います。

 

 広島と長崎に原爆を落としたのは、本土決戦になったときのことを考え、これ以上日本の犠牲者を出さないため・・・というのがアメリカ側の理由で、今でもこれを正当化し続けていますが、真意はわかりません。

 その時期、日本を二つに分けてソ連とアメリカで占有する・・・という話もありましたので、ソ連に対する牽制として、原爆を落としたという説もあります。

 

日本は様々な物資(鉄や石油)は外国からの輸入に頼っていましたから、諸外国からの輸出を制限され、兵器を製造するにもままならない状況下に追い込まれていました。


 資源が乏しく、連合軍とは国力に差がありすぎていることは歴然としていながら、

「日本は神の国、絶対に負けない」という強硬路線を突っ走りました。上層部では一億玉砕を唱えたました。国家国民の私物化以外何者でもありません。
 もっと早い段階で、的確な判断が出来ていれば、原爆という最悪のシナリオは回避できたかもしれません。
 でも人間は極限状態になると正常な判断が出来ません。負けを認めたくないから、常軌を逸した強硬路線に出てしまうのもまた事実なのです。

 

 ワタシの父親(当時17歳)は特攻隊(敵陣に体当たり攻撃する部隊)の予備軍でした。

本土決戦に備え、軍は特攻部隊の数を増やしたのです。
戦争終結があと一週間遅ければ命はありませんでした。


 小学校のとき母親からこの話を聞かされました。

その時は、ただただ怖くて、ずっとこころにずっしりと重くのしかかっていたのを記憶しています。

特攻隊として出陣していれば、自分も生まれてこなかった・・・

 

 時々人は「お国のために散って行った」といいます。

でもこれは人の命の尊さ無視した軽い発言で、自戒しなければならない言葉と思っています。

 少なくとも「肉親の死」という悲しみを乗り越えるために敢えて親族が「散る」という言葉を使うのは許されても、全くの他人が死んでいった人を指して「散る」は非礼すぎるように思えてならないのです。

 

 ワタシは戦争は知りません。

しかし、多くの犠牲者によって今日の繁栄があることは間違いありません。

幸せとはなにか・・・もう一度この夏の時期に考えてみるのも、夏休みの別の宿題のような気がしました。

 

今、学校で習う歴史は昭和時代の手前で終わるのがほとんどなんですよね。

歴史的事実をしっかり認識する環境を整えていくことも今後の教育の課題ではないでしょうか。

 

By Ryuわーい(嬉しい顔)



ラベル:終戦 原爆 幸福
posted by ばばちゃん at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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